デジタルデバイド救済~スマートフォン教室のプロが語る、今横たわる課題~
スマートフォン使用が標準となっていく社会において、なかなかついていけない人たちがいる。取り残してはいけない。
携帯電話販売のプロフェッショナルが、スマートフォン教室のプロに転身。愛知県を中心にデジタル弱者を支援し続けている男がいる。
合同会社Prof 代表 豊田正敏
携帯電話メーカー系の販売会社のトップセールスが勤続10年を機に起業。ただ携帯電話を売るのではなく、もっとデジタルの裾野を広げていくべきだ。販売現場で日々接客したノウハウをもっと社会に役立てたい。愛知県岡崎市を拠点にスマホ教室を展開する。そこに広がるニーズが見えていた。
聞き手・撮影 デジタルわかる化研究所 岸本暢之、株式会社分室西村代表 西村康朗
インタビュー実施日:2022年5月18日
携帯電話販売のプロフェッショナルが、スマートフォン教室のプロに
――もう、今の仕事をはじめて10年になるのですね。
(豊田)販売の現場をやっていたのですが、その時も携帯電話教室はやっていました。まだスマホも普及しておらず「電話教室」でした。携帯電話を売っていくためには、きちんと地域に根ざした存在になる必要がある。だから、きちんと教えて売っていこうと思っていました。
ところが「教室」をやる場所は、ショップの店頭にはないんです。そこで、自動車教習所や映画館とか飲食店とかの場所を探して、一軒一軒「やらせてください」と言って回りました。
そんなことを続けているうちに、キャリアも店頭で「スマホ教室」を始めることになり、そこに講師を派遣することになりました。それが今でも続いています。今も講師10人を派遣しています。さらに人を増やしていきます。今はショップで毎日、毎日、教室を開催しています。
――主にシニアの方々を相手にしていたのでしょうか。
(豊田)年齢問わず、ですね。老若男女。意外と30,40代の方も多かったです。内容も電話の使い方、メール、アプリ・・・基礎から応用まで。若い人でも基礎はわかっていても、それを応用して、となるとわからない人も多くいました。アプリよりも携帯キャリアの提供する様々なサービスがうまく使えていなかったようです。とにかく売ることばかりに注力して、使い手のことはその次だった印象もありました。羊が出てくるやつ(編集注:NTTドコモのiモードサービス「i コンシェル」)ありましたよね?私はあの羊のかぶりものをしてイベントをやりました。使うと便利なのですが、あの羊を使いこなしている人はほとんどいませんでした。そして、電子手帳の時代がやってきて、そしてスマートフォン登場となるのですが、はじめの頃のスマートフォンはトラブルつづきで、お客様からよく叱られました。
――その後、退職されて、教室開始ですか?
(豊田)いや、辞めた直後は、スマートフォンのアクセサリーショップをやっていました。日本で唯一のアクセサリーの移動販売をやっていました。まだキャリアが真剣にスマホケースなどアクセサリーを売っていなかったので、クルマを改造してショップにして、携帯ショップなどの前でイベント販売。よく売れましたよ。しかし、キャリアがポイントでアクセサリーを売るようになり、なかなか売れなくなっていきました。そんな時に愛知県の事業である「情報モラル」の仕事と出会いました。
デジタルスキルよりも大切な情報モラル
――情報モラル?
(豊田)スマートフォンを使うとこんなトラブルが生まれることがあるとか、こういう危険があるとかを伝えることです。当時、愛知県はスマートフォンが普及していなかったんですね。そこで「保護者のための 体験!体感!スマホ教室」というのを始めました。2014年のことです。
対象は主にスマホを使い始めた高校生の保護者中心でした。当時は、「保護者に教えれば家庭が守れる」という考えでした。それが今や小学生もスマホを使う時代なので、今でも「情報モラル」の教室は続いています。今は小中学生の保護者が多いですね。中学生の所持率は9割くらいになっていると思います。その分トラブルも多いです。
――どんなトラブルですか。
(豊田)出会い系に行っちゃうし、裸の写真は送るし・・・そういうニュースも聞きますよね。今は減りましたが、かつては親のカードを使ってお金を使ってしまったり、ゲームで課金を続けたり。最近は誹謗中傷に関わるトラブルが増えていますね。他人になりすまして、悪口を書き込むとか。GIGAスクール構想でタブレットが配布されて、学校の中はぐちゃぐちゃですね。
先生も大変だと思いますが、たとえば、先生は生徒のパスワードを管理しますよね。その時先生は覚えやすいように「1年3組の出席番号10だから、1310」と言うようにパスワードの意味がなくなるようなものを設定してしまいます。それを一覧表にして持ち歩いていて、さらにその紙をきちんと管理できない。パスワードとはこんなものだということが生徒に伝わる。今まで親がスマホを触らせなかった子どもにもタブレットが渡る。子どもは興味津々で、さわりまくる。制限はかけてあっても、解除する方法は簡単に入手できる。そういうことは子どもには簡単。そこでトラブルが起きる。本当は起きそうな問題はある程度わかっていたはずですが、そのあたりを全部現場任せにしているように見えます。
デジタル庁もその問題には取り組んでいるようですが、そういうことって、本当はデジタルの問題以上に人の問題なんです。道徳の問題です。そのためにも、迷ったら相談できる大人がいるのかが大事です。その大人がはっきりとこれはいい、これは悪いと判断して説明できることです。デジタルはとかくグレーなことが多いです。しかし、子どもたちには白黒はっきりさせてあげることが必要です。
子どもはいたずらをしてしまうものなのでしょうね。油断するとしてしまいます。ただデジタルでのいたずらがいたずらではすまないのです。相手は世界ですから。もう報道もされなくなりましたが、バイトテロのようなことはたくさん起きています。あのようなことですね。あれももともとはいたずらですから。
親や学校がただ「やってはいけない」と言うだけではなく、道徳心を育てる環境が必要です。「やってはいけない」の意味がわかる道徳です。
ネットでのいじめは深刻です。ネットでは突然いじめが始まります。昨日まで平和だったのになぜ?というような感じで。急に発生するので、子どもはどう対応していいのかわからない。そして、子どもの親たちが怖がっています。子どもは成長して、必ずスマホを使い始めるので、親が並走しながら助走する期間がいるのですが、きちんと並走できる親は少ないと思います。
今の中学生の親たちは、携帯電話をゼロ円で配られた世代が多いです。その世代は、なんの抵抗もなく携帯電話を触り、スマホを触っていった世代なので、子どもたちにも簡単に持たせます。自分が誰にも習わずに使えるようになったから、子どもたちも自分で使えるようになるだろうと思っています。もう少し下の世代にもトラブルの予感があります。文部科学省の指導により学校でスマホ教育が始まった世代がちょうど大学を卒業する時期です。この世代が親になっていくまでの時代が来るまでは、子どもにきちんと教育できない世代が続くのです。
――子どもたちだけの問題ではないようですね。
(豊田)シニアのスキルについても同じようなことが言えます。まわりに白黒はっきり言える人がいるか、ですね。多くのシニアは、その方の家族から学びます。しかし、その家族も操作に関してはグレーというかわかっていないことが多いのです。
こんなことがあります。QRコードを読み取るアプリがありますよね。それをインストールして使うと、そこに別のQRコードを読むアプリの広告が現れる。それを押してしまい、別のQRコードを読むアプリを入れてしまう。そして、そのアプリを使っているとまた同じことが起こり、結局QRコードを読むアプリが沢山並んでしまう。これ、どうしたんですかって聞くと、触っていないという。もちろん触っていないと入らないのですが。
天気予報のアプリでも同じようなことがありますよね。天気アプリを使うと別の天気アプリの広告が出て、それは同じ天気予報だと思い触ってしまう。それを入れてしまう。そして、いくつもの天気アプリが並び、邪魔で仕方がなくなる。LINEもそうですよね。家族がきちんと設定せずにLINEを入れてしまう。すると、電話帳が全部登録されてしまい、だんだん怖くなって、触らなくなる。
――デジタルに対して、得体の知れない怖さを感じている人たちを作ってしまっているんですね。
(豊田)はい。何かを怖がっているんです。そのきっかけをつくってしまっている人が沢山いるのです。教え方が悪い家族は、すぐ怒る人も多いですし、トラブルが起きると「変な所を触っちゃダメ」「ちょっと貸して」としか言わないんです。それでスマホを触ること自体が怖くなる。本当は、何が悪いのかをはっきり説明することなんですが、その説明ができない人が多いのです。わからないと思っている人は何が「変な所」かもわからないのです。そういう怖い話はどんどん広がる。そして、触れない・・・。触らなくなると、もう覚えなくなる。
大切なことは、「教える人に教える」こと
――最初は、「いろいろ便利そうだ」とか「面白そうだ」とか思っているはずなんですが。
(豊田)そうですね。初めは面白がって、いろいろ触るのです。なんでもかんでも触るのです。そして、設定を壊してしまいます。もう使わなくなる。
――私の父はパソコンを覚えた時にフィッシングにあいまして、すごく被害を受けたのですが、それ以来もう怖がって、スマホも触りません。
(豊田)そうですね。怖がる人は何かきっかけがあったはずです。そのきっかけに対し、こうすれば大丈夫だということを丁寧に教える必要がありますね。やってはいけないことを沢山言われるから自由に触れない。そして、スマホで何をしたいかもわからなくて、だんだん触らなくなる。本当は予約なんかもスマホでやってみたい。でも、わからないし、教えてもらうのも面倒。だったら、電話しちゃおう、ということで電話機能しか使わない。
――するとデジタル嫌いになり、スキルも上がらない。
(豊田)はい。デジタルが苦手なシニアたちに教える以上に大切なことは、「教える人に教える」ことです。上手に教えられる家族や知り合いがいると問題も大きくならないのです。
――自治体も補助金を出したり、配ったり、デジタル推進を積極的にやるようになりましたね。そういう動きについてはどう思いますか。
(豊田)某市でこういった失敗がありました。平成の大合併で市が大きくなっていった時、山間部を取り込んだのですが、その時、ちょうどスマホが普及し始めていました。そこで市はバスなどの情報をデジタル化し、スマホで伝える等の運用を考え、スマホを配ったのです。しかし、配っただけでした。多くのお年寄りは使い方もわからず、全く利用されなかった。
――配って、使えない。
もちろん最初はフォローしたそうですが、シニアは一回では覚えません。結局使えなかったのです。
――どれだけ親身になれるか。しかし、行政はなかなか全員に丁寧に寄り添うことはできないですよね。
(豊田)できないですね。今、デジタル活用支援が始まっていますが、予算が限られています。そもそも総務省が設定した教室の受講回数では、たいしてスキルは上がらないのです。十数回の授業では難しいでしょう。こちらは予算が許す中でなるべく多くの人に、多くの回数教室を開催したいと思ってやりくりしていますが、いったい何が伝わったのであろう、何を覚えてくれたのだろうと感じています。
本当は毎日やるべきであり、聞きたい時にきける環境をつくることが必要ではあるのですが、それは現実的には無理だと思います。しかも、現状の教育支援に関しても、継続されるかどうかわかりません。「官」の力だけではなかなか進まない。「民」の努力も必要ですね。たとえば、アプリを提供する会社は、ただ作って提供するのではなく、きちんと使い方を教えていくべきです。
銀行などもアプリはつくっていますが、つくっているだけではなく、使い方をきちんと教えないと。地方の信用金庫はアプリの教室を始めました。他でもいくつかの企業・団体が始めています。そういうことです。
ただ、回数が少ない。「一回はやりなさい」と言われたら、一回だけやる。それでは足りない。
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