【アクティベートラボ社長・増本裕司氏インタビュー】
デジタルデバイドの障害者をなくして、障害の有無に関わらず、誰もが諦めなくてよい社会を創りたい。
2021.06.22 インタビュー
障害の部位ごとに、必要な情報とマッチングできる新サービスの誕生
——想像を絶する厳しい状況、そしてその体験から見つけ出した課題があってこその起業だったわけですね。ここからはアクティベートラボの事業内容についてお伺いしたいのですが、まずは障害者情報共有SNS「OpenGate(オープンゲート)」と、全身の部位を細かく分類したイラスト「ブイくん」の誕生についてお話しいただけますか?
(増本) 身体障害者は全国に450万人います。それぞれ障害のある部位が異なり、必要なサポートも情報も異なります。僕自身、「僕のような人は一体どう過ごしているのだろう?」という思いがいつもありましたが、右半身麻痺という症状の人と出会う場はなかなかありませんでした。
「だったら、自分で作ればいい!」そう考ました。
自分の障害の部位ごとに情報が検索できれば、同じ障害を持つ者同士で情報交換をしたり、必要なサービスやコミュニティが見つけやすくなるのではないかと考えました。
欲しい情報は生活情報や申請情報、就活情報だけではありません。ほんの一例ですが、ある場所へ行くのに、障害者は健常な方と同じルートで目的地にはたどり着けないことが多いのです。障がいの部位、程度などによって障がい者の間でもルートは変わります。私のような片半身麻痺の人にとって、手すりが右にあるのか、左にあるのか・・・といったことだけでも、本当に知りたい重要な情報となります。しかし、障害者が普通の検索で接することのできる多くの情報サイトには、バリアフリーであるか、エレベーターがあるか、といった情報が画一的に載っているだけで、実際に行った人に聞いたりしないとわからないことが多かったのです。
また別の問題として、障害者を対象にする業界は、国の助成金や補助金目当てで、障害者のことを本当に考えている企業はごくわずかです。そのために、デジタルの苦手な障害者は、健常者と同じものを買いたくても、非常に値段の高い障害者用のものを買わざるを得ない場合が往々にしてあるんです。
——同じような操作をしても、健常者は得られる欲しい情報がたくさんあり、買い物も比較検討しながらできるのに、障害者はなかなか必要とする情報に辿り着けない。業界の構造もあって値段の高いものを買わなくてはならない場合もある・・・そういった健常者と障害者間のデジタルバイドが明らかに存在したというわけですね?
(増本) はい。その要因の一つには、医療の現場では疾患ごとに何科が診るか、というふうに患者を区分けするわけです。そこに部位によるグルーピングが必要なかったことなどが遠因になっていると思っています。
それはさておき、先に話した課題を持ちながら当時の友人とともに事業計画を考えていきました。一年近く、私が考えていることを喋り、友達に事業計画書にしてもらいました。このブレスト期間が、現在のサービスの根幹になっています。障害者には4種類、身体・精神・知的・発達障害というのがあります。この区分けでも、デジタルデバイドの課題は全く変わってくるわけです。私は右半身麻痺ですので、まずは身体障害を考えることにしました。
これを見てください(増本さんの障害者手帳を見ながら)。障害者手帳の「障害部位の分類」は、「上半身」、「下半身」しかないんです。この区分けだと、私のような左手で年間3万キロも車を運転している右半身麻痺の人間でも、上半身も下半身も「重度」と社会には捉えられてしまうんです。
「それなら、どこに障害があるのか、イラストで示して指定させればいいじゃないか!」友人との話の中で、そう閃いたんです。全身の部位を細かく分類したイラストを作成し、「ブイくん」と名付けました。これで自分の障害を明確に伝えることができるようになりました。このブイ君は特許取得済みです。
「障害の可視化」と「部位ごとの症例を指定して登録」ができるブイくんを利用して、同じ障害を持つ人とつながれるSNS、OpenGateというポータルサイトを開設しました。
——同じ部位の障害を持つ人たちが繋がれるコミュニティの場所を、「障害の可視化」を可能にしたシステム、「ブイくん」とともに障害者の方たちに向けて提供したんですね。
(増本) はい。障害者になって分かったことは、自分を含め、障害を明らかにしたい人が多いということでした。ところが今までは医学用語が複雑すぎました。OpenGateを開設してブイくんをトップに設置して以来、多くに人たちがブイ君をクリックしていきました。今ではOpenGateは、部位による本当に欲しい情報へのアクセスを簡単にし、働きたい障害者と、障害者を雇いたいという企業のマッチングサイトとしての役割をはじめ、障害に応じた製品、住まい、イベント情報など、さまざまなサービスを提供しています。OpenGateは、障害者にとって、単なる情報共有だけでなく、気持ちを盛り上げていく場、モチベーションを創造していく場になっていることを実感しています。
障害者デジタルデバイドの解消は、まず操作方法の標準化から
——障害者のデジタルデバイド問題について、今後優先的に解消していくべき部分、もしくは解消する上で必要な事を教えてください。
(増本) 障害者の人たちにとって、インターネットが上手に使えたら、それは本当に助けになります。 これは間違いのない事実です。健常者であっても高齢者には同じことが言えるでしょう。
本当に彼らにフィットするデバイスがあれば、不自由は大きく軽減されるはずです。
——本当にフィットするデバイスとはどういった意味でしょうか?
(増本) 世の中の身体障害者は、色んな部位が欠損していたり、一部が動かなかったり、全身が動かなかったり、筋肉が固まってたり、筋肉が弱くなって行ったり・・・そういった方たちが大半なんです。そうなると、その障害に合ったデバイスがないとデジタルは使えないんですね。つまり目でマウスや文字キーが動かせるとか、私のように右半身麻痺の人間でもマウスやテンキーが左手だけで使えるとか。 そういったフィットしたデバイス、そしてソフトウェアの動かし方を、それぞれ不自由なところ別に習熟していく必要があるのです。さらに加えるなら、どこか大きな組織が、その操作方法を標準化していかないと駄目だと思うのです。
——日本各地で自治体もデジタルデバイド解消に向けた様々な取り組みを行っておりますが、どうしてもハードかインフラの提供が中心のような気がしています。
(増本) 障害者を多く見てきた私の意見としては、優先すべきは「操作の仕方を会得させること」だと思うんです。障害者は操作の仕方を本当に知らないのです。先ほども言いましたがフィットするデバイスがない、そしてスタンダードのものがないというのが非常に大きな原因の一つになっていると思います。 インフラ整備も重要だとは思いますが、そこだけをいくら充実させても、障害者のデジタルデバイド解消にはなかなか寄与しないのです。それぞれの障害の部位にフィットする基準、スタンダードな操作やデバイスがない限り「やれよやれよ」と言っても障害者はやれないんですね。
たとえその人にインターネットリテラシーがあっても、操作の仕方が分からないというのは、非常に多いケースなんです。 例えば Google の検索であったりFacebookであったり、Twitterでもいいのですが、何か基本的なプラットフォームの操作の方法をフィットするデバイスで親身になって教えてあげる環境があれば、今ある障害者デジタルデバイドの状況は大きく変わると思います。
例えばもし僕が両手が使えなかったら、タッチペンを口に咥えてやるのか、もしくは座ったままで目の瞳孔に連動するマウスポインターで操作するのか・・・。もしくは喋れるのなら Google のマイクに向かって「検索」と言ってみたり「クリック」と話しかけてみるのか・・・そういったことの中に、もし今でも可能なことはあったとしても、デジタルデバイドの障害者はそれを知らないのです。仔細な話になりますが、目で入力できる場合でも「ま」と打つ場合に「MA」と打つかひらがなの「ま」と打つかによっても作業負担が大きく違ってくるのですが、その基準も今はないのです。スタンダードがない中では、例えば障害者が就職しても 、務めた企業が採用しているソフトウェアによって異なった入力操作をする必要が出てきたりしてしまうのです。非常に残念ながら、各企業が独自の視点で開発しているので、製品によって操作方法がまちまちなのです。
——障害者の方にとっては、最初に慣れたデバイスやソフトウェアのやり方でやり続けていくしかないということなのですね。
(増本) そうなんです。 さらに日本の場合は障害者の意見を聞かずに、企業が想像だけで作ってる場合が非常に多いのです。 私なんかはもっと直接障害者に聞けばいいのになぁと思うのですが、「根掘り葉掘り聞くのも申し訳ない」と思ってた…などと言われたりするんですね。それがまた、フィットしないデバイスやソフトウェアを世に生み出していくのです。問題点はそこにあるのです。
スタンダードな操作方法があり、それがクリアーにさえなっていれば、後は「こういったサイトにこういった情報がある」や、「こういったプラットフォームではこういったことができる」ということを、わかりやすい伝え方で親身に教えるだけでいいのです。 楽しむ楽しまないは、それは個人の問題だったりするからです。
デジタルデバイドは高齢か若いかで分けるものではないのです。特に身体障害者の場合は身体の能力が大きく影響します。できることのレベルで言えば私だってある部分健常者の高齢者より「高齢者」に区分けされてもおかしくない。例えば健常者の80歳であっても山登りできる人はたくさんいます。私はまだ40代ですが山登りはできません。 身体の能力というのは人を洞察する際に非常に重要な要素です。だからこそデジタルデバイドは不自由な身体の要素に拘っていくべきだと思うのです。 体の不自由な部分にフィットする操作方法が分かるだけで、かなり多くの障害者がインターネットより使うことができ、情報格差はある部分解消されていくと思うのです。
障害者視点で雇用のダイバーシティ&インクルージョンの推進を行う
——最後に今後の抱負についてのお考えを教えてください。
(増本) 我々はベンチャー企業ですので、事業を大きくしていくにあたっては、きちんとした出資をいただかないとダメというのも理解しています。そのためOpenGateを開発した時も、何人このサイトに登録させたら様々な投資する方の興味を引くサイトになるか…ということを考えながら日々運営をしてきました。サイトのページビューや SEO の順位、会員の登録数やデータは、事業アピールの大きな裏付けになります。
ご存じのように、システムの開発には非常にお金がかかります。そこで1年半ほど前に、株式会社フジクラ様に株主になって頂きました。さらに IPO支援のAGS コンサルティング様にも株主になっていただきました。新型コロナが始まったのはそのあたりの時期です。そんなわけで、資金調達も理想通りには進んでいませんが、なんとかやってるというのが今の現状です。
これからは精神・知的・発達障害に関するキュレーションサイトやSNS事業にも乗り出していくつもりです。冒頭に話しましたが、私は4年間のリハビリ期間中に、この身体以外の障害者の皆様もたくさん見ることができました。その洞察はかなりできていると思っています。
先ほど話にも出ましたが、今後のデジタルデバイド解消に向けては、何か爆発的なものがないと前に進まない気もしています。例えば Facebookがこの操作方法を身体障害者の方たちの様々なレギュレーションにしますよ~と言ってくれれば 、一斉に操作方法に起因するデジタルデバイドは緩和の方向に向くとも思います。
ただやはり、商業なメリットがないと企業はなかなか動きません。だから我々は、従来の障害者マーケットを変えていくだけではなく、障害者の新たなるマーケットを創造して、企業が触手を向けるような活動を行っていきたいと思っています。そしてそれは、障害者のニーズを理解している当社だからこそ、できることがあると思っています。
——事業を拡大していくための新しい試みなどもお考えでいらっしゃいますか?
(増本) まだニュースリリース前なのであまり詳しくは話せないのですが、近いうちに「障害者翻訳システム」を発表する予定です。これはいくつかの企業にも採用されることが決定済みです。言うなれば、企業の障害者採用の際の障害者能力書のようなものです。
私は創業当時から、障害者にとっての面接を”できないことのPR”の場ではなく、”できることのPRの場”にしたい・・・という思いがありました。そこで当社の事業として障害者の採用面接に同行し、自ら企業の面接に同席しながら、働くうえでの貢献できることを代弁するというサービスを行なっていました。これをアクティベートラボでは「障害者翻訳」と呼んでいました。面接に来た障害者がどのような能力を持ち、どう組織に貢献できるのか。それを引き出し、障害者の能力の実際をご存じない雇う側に伝えていったのです。これを今度はPC、スマートホンで使えるシステムとして開発したのです。
——それは凄いですね。ぜひニュースリリースされるときを楽しみにしています。
(増本) それと障害者は世界中にいます。OpenGateのようなシステムは国際的にはなかったものらしく、国際特許も視野に入れて活動しています。とにかく私は、日本だけでなく世界においても、誰もが諦めなくてよい社会、みんなが活躍できる社会を創りたいと思っているのです。
——本日は貴重なお話をお聞かせいただき、ありがとうございました!
(アクティベートラボオフィスにて)
編集後記
「厳しい会社で営業を進んでやってきた私には、ベンチャー魂があるんじゃないかなと思っています。なので、業界の構造に負のスパイラルのような課題があるのなら、俺がやらなきゃ誰がやるという気持ちになってしまうのも事実です。」そういって笑った顔が印象的だった増本社長。パワフルな話し方と、そして人を引き付ける明るい人柄で、非常に楽しいインタビューになりました。自らがバリバリのビジネスマンから、ある日突然障害者になり、とても厳しい生活を強いられるという私には想像を絶する環境で、苦しいリハビリと並行して障害者を取り巻く様々な課題を発掘し、そして起業までもっていくというバイタリティにはとても感銘を受けました。
自らが障害者になったからこそ、同じ視野にたったからこそ見えてくる様々な社会の仔細な歪み、構造的な課題、そして本当に必要なことと解決の手段・・・それはデジタルわかる化研究所にとってのデジタルデバイド実態把握、事業創造にも通ずる部分だと思いました。私たちも、さらに深く様々なデジタルデバイドで困っている人たちの、「わからないの本質」「つまづきのポイント」を、それぞれの立場、環境に本当に寄り添いながら、考えていかなければならないと改めて気づかせていただきました。
「こうした事業やサイト運営を通じて、身体障害者の人でも希望を持って人生を歩める社会の完全な実現に、一歩一歩進んでいきたいと考えています。」そう話す増本社長の目は未来に向かって輝いていた気がします。誰もがあきらめなくてよい社会へ、新しいマーケットと雇用を生み出し障害者の新たな可能性拡大に邁進する、増本社長とアクティベートラボに、これからも注目をしていこうと思います。
デジタルわかる化研究所 岸本暢之