生粋のイノベーターによる県DX推進。
デジタル時代を生き抜いていく三重県の『あったかいDX』とは
日本のほぼ中心に位置し、美しい自然や伊勢神宮、熊野古道をはじめとする観光名所が存在する三重県。その自然と文化、おいしい海山の幸が楽しめる『美し国』として親しまれているが、実は日本で今最もアグレッシブにデジタル化を推進している県であることはご存じだろうか?
起点となる2021年4月には、デジタル社会形成をけん引するCDO(最高デジタル責任者)として、数多くの事業経営や地方創生活動に携わってきた田中淳一氏が就任。従来の県庁にはみられない『イノベーター発想のDX推進』のもと、多種多様な施策が進められている。
今回、当研究所は田中氏にお会いし、三重県の目指していること、具体的な活動やデジタル化に伴うデジタルデバイド問題に対する考えを伺うことができた。
三重県 CDO(最高デジタル責任者)
田中淳一様
1976 年生まれ。東京都出身。ジェンダー平等とダイバーシティ&インクルージョンに基づく『寛容な社会』を前提条件として、サスティナビリティとウェルビーイングの向上を目指し、みんなの想いを実現する『あったかいDX』を推進している。三重県 CDO(最高デジタル責任者)のほか、内閣府地域活性化伝道師・総務省 地域情報化アドバイザー・総務省 地域力創造アドバイザー・内閣官房 シェアリングエコノミー伝道師・経済産業省 IoT/AI時代に対応した地域課題解決のための検討会議 構成員・兵庫県豊岡市ジェンダーギャップ解消戦略会議 オブザーバーなども務める。
聞き手:デジタルわかる化研究所 安藤亮司、西村康朗、豊田哲也
インタビュー実施日・・・2021年9月28日
※なお、今回は新型コロナウィルス感染拡大防止対策として、Zoomミーティングを利用したリモート取材となりました。
三重県がDXを通して実現したいこととは?
デジタルわかる化研究所:本日はよろしくお願いいたします。
早速ですが、最初に田中さんがCDOに就任された背景とデジタル社会推進局について教えてください。
田中:よろしくお願いいたします。まず私自身についてですが、18歳で起業、1999年にAIベンチャーとして法人化し、ITコンサルティング事業と広告事業の企業を約10年経営しました。2012年から地方創生に係る活動をはじめ、少子化対策やジェンダー平等などに取り組んでおりました。
この頃、実は三重県と初めてお仕事をさせていただきまして、『結婚ポジティブキャンペーン』という若い世代が『結婚』や『家族を持つこと』に前向きになれるような企画に携わり、三重県中を廻って三重県が大好きになりました。今年4月から三重県のCDOに就任しまして、みんなの想いを実現する『あったかいDX』を目指して活動しております。
デジタルわかる化研究所:民間企業の経営、地方創生活動、その両方をご経験されているのですね。従来の県庁組織に新たな風が入るイメージを持ちましたが、田中さんが目指している『あったかいDX』について詳しく教えていただけますか?
田中:DXやデジタル化というものは、組織の論理で進められることが多いように感じています。企業の利益率向上やコスト削減を目的として、ある種無理やり推進するため、実現に向けて動く人々のモチベーションに繋がりません。結果として中途半端なシステム導入や運用が増え失敗してしまうことが多々あります。
適切なDX推進を行うには、組織利益ではなく、関わる一人一人の自己実現に繋がることを目的とするべきなのではないかと思います。DXによって時間に余裕が生まれ、大切な人との時間や趣味、学びの時間が増加し、幸福実感が向上していくことを『あったかいDX』としています。そしてその先には『誰もが住みたい場所に住み続けられる三重県』の実現を目指しています。
デジタル社会推進局のビジョン・ミッション・バリュー
デジタルわかる化研究所:県庁内組織がミッションやビジョンを設定するのはとても新鮮ですし、イノベーターである田中さんだからこそ実現できる進め方だと感じました。『あったかいDX』は県民、県内事業者、そして県や市町といった行政、その全てを対象にされている考えかと思います。県庁の働き方についてはどういった状況ですか?
田中:デジタル社会推進局は50人の職員で構成されています。常勤のCDOを知事直下に置いたことも特徴的なことですが、DXを推進する組織を既存部門の一角ではなく、新しい部門として作ったことも重要です。行政のDXと、社会全体のDXの両方の推進に取り組んでおりまして、他の地域にはない試みかと思います。
デジタルわかる化研究所:組織の体制が大きく変化し、外部から田中さんのように全く異なる価値観を持った人材が入ると、既存のルールが障壁になったり、組織内で衝突が起きそうですが、そのあたりはいかがでしょうか?
田中:公務員は民間企業ほど自由度の高い働き方ができないのが実情です。当然ですが、このままでは県のDXを推進する職員のモチベーションは低下してしまいます。
また、これまでの三重県庁内におけるデジタル化は正直なところ大きくは進んでおらず、言うなれば『昭和96年状態』です。大型バインダーに大量に保存されている資料を参照しながら仕事をしているシーンも良く見かけますし、Slackのようなコミュニケーションツールも導入しきれていません。そもそもインターネットが当たり前な環境ではないなど深刻な状態とも言えるので、『昭和100年』を迎えないようにしなければなりません。
当然、新しい働き方やDXの考え方を組織にインストールしようとすると、意見や価値観の衝突は常に起きます。ただ、この衝突自体は全く悪いことではなく、むしろDX推進においては必要なステップだと考えています。
これからDX人材、CDO人材に必要な素質は、『デジタルに詳しい』ということだけでなく、『イノベーションマインドがあること』が重要だと思います。つまり逆境に強く、どんなに障壁や衝突が多くても諦めずに組織をけん引していく、『理想状態を描き、多様な人とのネットワークを活用して、やり抜く推進力のある人材』です。
組織の慣習やルールをデジタル時代に適応させていくこと、また庁内のメンバーと共にDXを推進していくためにも、1人1人の自己実現のためのDXという『あったかいDX』の考え方を浸透させていく必要があります。
2021年4月1日キックオフミーティングの際の記念写真
デジタルわかる化研究所:『あったかいDX』を体現する、具体的な施策について教えていただけますか?
田中:4月に着任してからこれまでの約6ヶ月で、新たに10以上の施策を実行してきました。メールシステムやオンライン会議システムの改善など、県庁DXに関わることから、県が保有する土地や施設への5G基地局設置促進といったインフラ整備、県民の皆様から三重県の問題点やデジタル社会形成にあたってのアイデアを募る施策など多岐にわたります。
(図1) 三重県の取り組むDX施策
特に重要視しているのは、DX推進に不可欠な有力企業や多様な領域の専門家との繋がりを作ることです。本来、有力企業や専門家にとっては、ビジネスチャンスが少ない地方都市の優先度は決して高くありませんが、圧倒的なスピードでDXを推進している県として三重県が認知されれば、マーケットとして捉えていただくことが可能となるのかもしれないと考えています。
全国のDXの動きが活発化して様々な施策が溢れる前に、いち早く有力企業や専門家の協力を得るべく、9月1日に『みえDXセンター』をスタートさせました。
全国初の取り組みである『みえDXセンター』の狙い
デジタルわかる化研究所:全国初の取り組みである『みえDXセンター』について教えていただけますでしょうか?
田中:『みえDXセンター』は、県民の皆様や県内事業者、行政機関(市町・県)がDXに取り組むための『第一歩』を踏み出すことを応援するために創設したワンストップ相談窓口です。また、DXを圧倒的なスピードで推進するためにも、県内外のDXを牽引する専門家(18名)や企業(11社)に『みえDXアドバイザーズ』『みえDXパートナーズ』として登録いただいています。
私たちは地域の持続的な発展のためにも、『誰もが住みたい場所に住み続けられる三重県』を目指しています。日本全体で人口は減少していますが、どんな人でも自分らしく暮らせる『寛容な社会』をいち早く構築することができれば、三重県に住みたいと考える人が増えていくはずです。その環境を実現するためには、みえDXセンターに参画する企業や専門家の協力が不可欠です。
(図2)みえDXセンターを支える有力企業・専門家について
(図3)みえDXセンターの仕組み
デジタルわかる化研究所:『DXについて考えなければ』と思っても、何から始めたらよいか、また誰に頼めばよいかわからなくて困ってしまうことは多いと思います。県が窓口を用意してくれていると安心して相談できますし、著名な企業や専門家がバックアップしてくれるのは心強いですね。県民の皆様や県内の企業はこの取り組みをどの程度認知しているのでしょうか?
田中:今年2月に、DXというものに対して県内の中小企業がどの程度認知しているか調査をしたことがありますが、DXという言葉を聞いたことがないという回答が約58%でした。今年の7月に同様の調査をしたところ、約31%に数値が引き下がっておりました。
関心度が高まっている要因は、恐らく三重県庁の取り組みだけでなく、デジタル庁の発足をはじめとして、世の中的にDXやデジタル化がトレンドになっているからだと思います。しかし、まだDXに関心を持っていない方や、DXという言葉を知っていても具体的に取り組めていない方が多いのが事実です。
みえDXセンター設立は、DX推進における強力なパートナーを得ることだけでなく、より多くの県民の皆様にDXを身近に感じてもらうことも目的としています。
デジタルわかる化研究所:9月1日にスタートされて、相談件数など状況はいかがですか?
田中:最初はなかなか相談が来ないかとも思いましたが、学生や県を代表する企業・団体から予想以上に相談が来まして驚いております。相談内容は様々ですが、パートナーズ、アドバイザーズ(図2参照)の皆様と連携して、DXに取り組むための『第一歩』を踏み出すことを応援していきたいと考えています。
DX推進に伴うデジタルデバイド問題。どう向き合うか。
デジタルわかる化研究所:率直に、田中さんはデジタルデバイド問題についてどうお考えですか?
田中:デジタルデバイドを分解すると、『インフラ不足で情報にアクセスできない状態』と『情報にはアクセスできるが情報弱者になってしまっている状態』の2つに分けられるかと思います。日本において、前者のような状態の地域はいずれ消滅してしまうでしょう。県としては後者が大きな問題になりつつあると考えておりまして、解決に向けて動いております。
デジタルわかる化研究所:デジタルデバイドに直面しているのは、どういった人たちなのでしょうか?
田中:デジタルデバイド(情報格差)は高齢者の問題だと取り上げられることが多いですが、私は全世代に蔓延する問題だと思います。例えば、自治体や企業の若手社員はプライベートではスマホやデジタルサービスに慣れているかもしれませんが、旧来的な働き方の環境にいると、価値観や働き方が同化してしまいます。若い人だって文化に飲み込まれてしまうのです。
デジタルわかる化研究所:どんなに若くて、デジタルデバイスに慣れていても、環境次第では新しい情報や働き方に追いつけなくなってしまうということですね。デジタル時代に適応し生き抜いていくためにはどうしたら良いのでしょうか?
田中:デジタルデバイドを起こす大きな原因は『環境』にあると考えています。貧困や性的差別、日々接する家族や勤務先の上司・同僚による影響もあって、その人の行動範囲が狭くなり、コミュニティが限定されてしまうと新しい情報や価値観が得られず、格差は広がってしまいます。独居の高齢者の方々や、もしかすると自治体職員や伝統的な大企業の社員さんもそうかもしれません。
この問題に対して、単純にデジタルデバイスを提供したり、スマホ教室を開催するなどして働きかけたとしても限界があります。特定のデバイスや今あるITサービスの使い方を習得したとしても、数年後には情報が古くなり、また追いつけなくなってしまいますよね。やはり、一人一人が自分にとって必要だと心から感じてもらえるものや、気づいたらいつの間にか最新の技術や情報に触れている状態を作らないと、本当の意味でデジタルデバイドは解消しないのではないでしょうか。
県として、県民の皆様にDXを自分ごと化していただくべく、一人一人への働きかけで行動変容を促していくのは極めて難しいことではありますが、みえDXセンターのような取り組みを通して、新しい価値観や文化・情報に触れる機会を増やすことや、相談をしやすい環境を整えることで、変化やうねりを起こせると信じております。
デジタルわかる化研究所:自分ごと化の必要性やその難しさ、自治体としてできること。お話いただいたことは三重県に限らず、日本全国に通じる話だと感じました。最後にDX推進、デジタルデバイドの解消に向けて、今後のビジョンや新しい取り組みを教えていただけますか?
田中:これから新しく取り組もうとしていることの1つに県のDXビジョンの策定があります。県内各所で、住民の皆様と一緒に考えていくワークショップを開催する企画です。そこでは2050年という未来を想像し、理想となる未来像に近づく上で取り組むことを逆算して考えていくつもりです。
ただ、30年も先の将来を想像するのもなかなか難しいと思います。人によって想像する方向性も違うでしょうし、リテラシーの違いもありますので、できるだけ共通の言葉を使い、共通の認識を前提に対話ができるよう、『みえDX未来動画』という動画も用意しています。2050 年に向けて世界で起こり得る課題や大きな変革について紹介する動画をまず見ていただき、議論を深めていければと考えています。
これらの取り組みを通して、県民の皆様の意見やアイデアを取りまとめつつ、だんだんと自分ごと化が進んでいくと、自然とDXも推進されていって、デジタルデバイド解消にも繋がっていくのではないかと考えております。
デジタルわかる化研究所:スマホ教室やデジタル相談窓口とはまた違った、年齢性別問わず関心を持ってもらいそうな企画ですね。『あったかいDX』を推進するためには、DXを自分ごと化してもらえるように、デジタルに触れる機会を提供し、メリットを感じてもらうことが重要。また地域の人々が『共通の言葉』・『共通の認識』を持って対話をすることができれば、デジタルデバイド問題の解消にも繋がるのではないかというお話はとても新鮮に感じました。
研究所としても、今後自治体の理想的未来に近づくお手伝いができればと考えております。
今回は貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。
デジタルわかる化研究所 豊田哲也