シニアのキャッシュレス化はどこで停滞しているのか?
最新の利用実態データから課題を考える。
デジタルデバイド問題について考える時、先入観でシニアはデジタルサービス全般に苦手意識を持っている、と考えてしまう人は多いのではないだろうか?実は著者もその一人で、特にキャッシュレス決済に関しては不慣れな人が多いと思っていた。日頃小売店のレジで並んでいるシニアをみると、ほとんどが現金で支払い、クレカやましてQRコードリーダーにスマホをかざす人をほとんど見かけないからだ。
実状はというと、シニアの決済手段の約半分がキャッシュレス決済であり極端に低いわけではない。ただし、一口にキャッシュレス決済と言っても物理カードを使うクレジットカード決済や、スマホを介する電子マネー、QRコード決済など種類は多岐にわたるため、本記事ではいくつかのオープンデータを読み解き、定量的にシニアキャッシュレス活用状況を整理したい。その上でキャッシュレス活用促進に向けた課題を考察していく。
※本記事におけるシニアの年齢定義は、定年退職年齢である65歳を含む60代以降とする
そもそもキャッシュレス決済はシニア世代の生活を豊かにするものなのか?
まず当研究所としては、キャッシュレス決済の活用はシニア世代の生活を豊かにするものだと考えている。もちろん一定のリスク(詐欺の発生、情報漏洩、使い過ぎなど)、慣れるまでの精神的ストレスはあるが、それを差し引いても享受できるメリットは大きい。シニアに限らない話だが、キャッシュレス決済活用の利点としては以下があげられる。
1.支払い事にポイント還元があるなど、家計的にお得なサービスが多い
2.支払い履歴が自動でデータ化されるため家計管理がしやすくなる
3.ATMでの現金引き出しが不要になり、支払いもスピーディに行える
4.会計時に現金に触れず、非接触で支払えるためウイルス感染リスクを抑えられる
図1のイメージ調査の結果では、お得であることや支払いがスピーディに行えると認識しているシニアは他世代と同程度おり、主要なメリットは理解していると考えられる。それだけでなく、他世代以上に『日常的に使いたい』『実用的だと感じる』と回答する割合が高く、活用意向が非常に高いことがわかる。
図1:キャッシュレス決済に対するイメージTOP5項目(年代別)
※出所(2020.2 Visa×MMD研究所 2020年キャッシュレス・消費者還元事業における利用者実態調査より)
キャッシュレス決済はシニアの生活を豊かにするものであり、彼らもその有用性を理解しているという前提で更に実状を深堀していきたい。
日本のキャッシュレス化はどの程度進んでいるのか?
まずは俯瞰して日本のキャッシュレス普及状況を確認した上で、シニアの活用実態に焦点を当てたい。
図2:世界主要国におけるキャッシュレス決済状況(2018)
※出所(キャッシュレス推進協議会 『キャッシュレス・ロードマップ2021』より)
図3:日本のキャッシュレス決済比率の推移
※出所(ニッセイ基礎研究所 『コロナ禍における日本のキャッシュレス化の進展状況』より)
世界各国の水準と比較すると日本のキャッシュレス決済比率は10位であり40-60%台の上位国と比べるとまだ低い水準である。日本政府は2025年に開催予定の大阪万博までにキャッシュレス決済比率を40%とする目標を掲げている中で、2020年時点の比率は29%。コロナの影響で分母である消費支出が減少しているなどいくつか特殊な要因はあるが、30%台に乗る日は近い。
世代を絞らず日本全体で見たときの決済方法内訳は、図3が示しているように、クレジットカードが全体の8-9割を占めており、一方で近年大型ポイント還元キャンペーンを打ち出しているQRコード決済をはじめ、電子マネー、デビットカードの比率はまだまだ低い状況である。では世代をシニアに絞った場合、傾向は変わるのだろうか?
シニアのキャッシュレス利用状況は?
図4:年代別の決済手段毎の利用状況
※出所(キャッシュレス推進協議会 『キャッシュレス・ロードマップ2021』より)
60-79才のキャッシュレス利用回数は現役世代である30-59才と比べても数%低い程度で半数以上がキャッシュレス決済を利用しており、実は極端に低いというわけではない。むしろ他世代と比べてより多くの金額をキャッシュレスで支払っていることは驚いた。前述したキャッシュレス決済に対するイメージを踏まえても、シニアのキャッシュレスそのものにバリアはないということが分かった。
また、クレジットカードは使用回数の割に利用金額が大きく、反対に現金や電子マネー、QRコード決済は使用回数の割に利用金額が低いことが読み取れる。つまり、高価格帯の支払いはクレジットカード利用、頻度の高い日常的かつ少額な買い物(コンビニや商店街など)に関しては現金派が多い可能性があるということだ。60代以上の電子マネー、QRコード決済の割合は他世代と比べて著しく低く、「日常的かつ少額な買い物支払い」のタイミングにキャッシュレス化を更に促進できる伸び代があるのではないだろうか。ちなみに、図5の調査結果をみるとシニアのスマホ所持率が低いから電子マネーやQRコード決済が利用されていないわけでは無いようだ。
図5:60-70代 キャッシュレス派・現金派別保有携帯電話
※出所(三井住友カード 2020年9月『令和シニアのキャッシュレス事情についてのアンケート』より)
図6:QRコード決済導入状況(上)業種別(下)客単価別
※出所(経済産業省 2021年キャッシュレス決済実態調査アンケートより)
例えばQRコード決済を導入しているのは、図6にある通り低価格帯の商品を扱っている小売・飲食店が多い。専用読み取り機器購入が不要で手数料も安価な場合が多いからだ。シニアのキャッシュレス活用意向(主にクレジットカード)は高いものの、店舗側が導入しやすい決済手段の利用頻度が増えない限りはキャッシュレス決済の利用頻度は今後どこかで頭打ちになってしまうのではないだろうか?
シニアのキャッシュレス利用状況は?
結論として、シニア世代におけるキャッシュレス決済の利用率を今以上に伸ばすには、『日常的な低価格帯の買い物におけるキャッシュレス決済利用促進』が一番の課題といえるのではないだろうか。
この課題を解決するには、
①クレジットカード決済を導入する店舗の増加、
②クレジットカード以外のキャッシュレス決済手段を利用するシニアの増加
いずれか、もしくは両方が必要である。
キャッシュレス普及率が最も高い韓国のように、所得控除や一定年商以上の店舗にクレジットカード決済の対応義務化を政策として打ち出さない限りは、シニアの利用率が高いクレジットカードをどこでも使えるようになることは当分難しく、①に大きく期待することはできない。そうなるといかに②を促進できるかがポイントになりそうだ。
クレジットカードは歴史も長く、財布から取り出して使うだけなのでスマホを介さずに済む安心感がある。一方で小規模店舗に導入されていることが多いQRコード決済は事前に入金する設定が必要であり、支払い手順がクレジットカードと大きく異なるなど、シニアにとって不安要因が多い。
各決済事業者が打ち出すお得なポイント還元キャンペーンで決済アプリ自体は認知しているものの、不安要因が足かせとなって初回利用に踏み出せない人、慣れた決済手段と比べて利便性を感じられず、1回目以降利用継続しない人がいると考えられる。
そのため、QRコード決済を利用するシニアを増やすためには、低価格帯の買い物シーンでも利用することでメリットが享受できることを実感してもらう事と、実購買シーンにおける第三者のサポートが必要不可欠である。
今後、研究所では今回課題として見えた『日常的な低価格帯の買い物におけるキャッシュレス決済利用促進』に焦点を当てて、より詳細な調査を行い、その結果を元にキャッシュレス決済におけるデジタルデバイドの解消を目指していきたい。
デジタルわかる化研究所 豊田 哲也