教育現場のICT活用を支える内田洋行に訊く-ICT支援員の仕事とデジタルデバイドへの見解-
みなさまは、『ICT支援員*1』という職業をご存じでしょうか?
学校(主に小学校・中学校)において、教員のICT活用(例えば、授業、校務、教員研修等の場面)をサポートすることで、ICTを活用した授業等を教員がスムーズに行える環境をつくる仕事で、地方公共団体で配置されているICT支援員の数は現時点で約2,000-3,000人と言われています。 *1:2021 年8月に学校教育法施行規則が改正され、ICT 支援員は「情報通信技術支援員」という名称で正式に規定されましたが、本記事においては、長く親しまれている「ICT支援員」の呼称を使わせて頂きます。
新型コロナウイルス感染症の拡大(コロナ禍)によって、オンライン授業の対応について他国と比べても日本の教育現場のデジタル化が進んでいないことが明白になり、GIGAスクール構想*2の実現が早まったことはニュースを通してご存じの方も多いと思います。令和3年度末時点で全自治体のうち98.5%*3以上の自治体で1人1台のPC端末が整備されており、デジタル端末を活用した授業が当たり前になっていますが、裏を返すと、急速にICT環境が整備された新しい教育現場に教員は適応しなければならない、という状況になっています。ほぼ全ての学校でICT活用とその支援が求められている中で、支援員の数は2,000-3,000人ほどしかいないと聞くと、ICT支援員の人材育成と人員拡大は急務と言えるかと思います。 *2:2019年に開始された、1人1台端末と、高速大容量の通信ネットワークを一体的に整備することで、多様な子供たちを誰一人取り残すことなく、公正に個別最適化され、資質・能力が一層確実に育成できる教育環境を実現する構想 *3:令和4年2月文部科学省初等中等教育局義務教育段階における1人1台端末の整備状況より
今回は、現在まさに教育現場で活躍されている株式会社内田洋行とICT支援員の人材育成や派遣を提供する株式会社ウチダ人材開発センタ所属のICT支援員の方からお話を伺うことができたので、具体的なICT支援員の仕事内容や教育現場の実情、そして教員におけるデジタルデバイド問題の有無についてお伝えできればと思います。
デジタルわかる化研究所:改めてICT支援員に関して教えて頂けますでしょうか?
内田洋行:学校における教員の方々のICT活用支援を行っています。例えばPCやデジタル教材、アプリやウェブサービスを使って授業を円滑に進めるのはもちろんのこと、教員負担を軽減されるための校務のデジタル化、教員研修、授業計画策定の場面でもサポートさせて頂いております。
教育現場でのICT利活用は前々からニーズはありましたが、GIGAスクール構想が実施されてからはより一層ニーズが高まっているように感じます。
↑コロナ禍前のアンケート調査だが、平成26年の時点で約9割の関係者がICT支援員を必要だと感じている
出展:第9回教育用コンピュータ等に関するアンケート調査報告書(平成26年5月一般社団法人日本教育情報化振興会)
デジタルわかる化研究所:授業での活用支援を想像していましたが、様々な場面で支援活動を行われているんですね。お仕事内容について詳しく教えて頂けますか?
内田洋行:ICT職員の職務は大きく4つあります。
(1)授業支援:教員と生徒がスムーズに授業を進行できるようサポート
(2)校務支援:生徒の情報管理をはじめとする校務の効率化をサポート
(3)環境整備:インターネット通信環境や機器・ソフトウェアの整備
(4)校内研修:機器操作の知識、スキルやコミュニケーション方法などのレクチャー
まず、導入する機器やソフトウェア、教材に関して、学校や教員の方々からの要望をヒアリングさせて頂いた上で合うものを調査し、実際の授業での活用イメージを提案させて頂きます。
そして、機器やシステムを導入する初期段階だけでなく、日々の教育現場において生徒が使用する端末・アプリにトラブルが起きれば対応しますし、システムやアプリを新しい状態に定期的に更新もします。
↑授業の課題発表で使われる大型画面機器から発表資料の作成ソフトウェアまで幅広く提案・整備・メンテナンスを行っている。
デジタルわかる化研究所:システムや機器を導入するタイミングだけではなく、継続的に支援されているんですね。デジタル教材の作成なども支援されているのでしょうか?
内田洋行:はい、最近ですとご要望を頂いて情報モラルに関する教材や指導にあたってのマニュアルを作成しました。学生がパソコンを持つことで、個人情報が不用意にSNSに公開されてしまうことや、ネット上でのいじめに繋がる危険性もあるので、学生たちがデジタル社会の善き担い手になるための教育や情報セキュリティの大切さを教えていくために用意しました。
その他、要望に応じてPowerPointやプログラミングを学ぶ学習ソフトscratchを用いた授業で利用する教材も適宜作成しております。
デジタルわかる化研究所:お話を伺えば伺うほど、ICT支援員の存在は教員にとって不可欠で、日常的にコミュニケーションをとる存在に思えますが、実際に教員からはどのような存在として見られているのでしょうか?また、ICT支援員からみた教員のデジタルデバイドの実態も教えて頂きたいです。
内田洋行:『ICTについて何か疑問や問題があった時に解決できる人』という認識をもっていただいているかと思います。ただ、この分野は技術のアップデートも多く、教育現場で発生する要望・トラブルも多種多様なので、教員の方々のニーズにすぐさま対応できるように日々勉強しています。
また、教育現場におけるデジタルデバイドに関してですが、ICTの活用度合は先生お一人ひとりで差があると思います。ICTに限らず、多忙な中で新しいことや慣れないことを取り入れ、挑戦されるのは大変な姿勢や努力が必要だと自分自身も感じています。特に、普段からデジタル関連サービス、システムに対して苦手意識を持つ方には非常にハードルが高いように感じてしまわれるのではないでしょうか。
デジタルわかる化研究所:苦手な人によっては周りの教員と差が生まれてしまっていることに悩むことや、生徒とのコミュニケーションで苦戦している方もいそうですね。デジタルに苦手意識をもつ教員の躓くポイントや支援する際のコツ、向き合い方があれば教えて頂けますか?
内田洋行:教育現場のICT環境面は徐々に整ってきているように感じていますので、おっしゃる通り苦手と感じる先生を中心に個人にあわせたサポート体制をしっかりしていきたいです。様々な技術が日々登場するなかで、若手や年代の高い教員の方々問わず、様々な場面で支援を行い、学びの可能性を広げていきたいです。
苦手なポイントは、教員の方それぞれ異なります。電源ボタンを探せない方もいらっしゃれば、単純にアプリケーションの操作が分からない方もいらっしゃいます。これは一般の方と同様です。向き合い方も、先生方の個性に応じて異なることが多いです。共通して言えるのは「寄り添う」姿勢や気持ちがサポートする時に大事になる、ということです。
また、ICT支援員から知識や操作方法を伝えるだけではなく、学校全体の目標などを共有し強制力を持たせて取り組んでいくことも重要なため、ICTを活用してどのように発展させていくかを教員間で話し合う機会として情報交換会や勉強会の場を作ることも必要だと思います。
デジタルわかる化研究所:教員の方にとってのメリットを感じてもらうこと、組織全体として進む方向を共有することが大事なこと、よくわりました。最後にICT教育について、地域によって力の入れ具合や推進の仕方に違いがあるのか、またどのような傾向があるのかを教えて頂きたいです。
内田洋行:現実問題として確かに自治体や学校によって違いがあります。首長の方達の思いや熱量で決定される傾向はありますし、近隣の学校や自治体の取り組みをみて影響を受けることも多いと思います。
私が担当させて頂いている学校に関しては、ICT環境がしっかり整備されており、生徒の皆様のスキル・利用頻度共に高いと感じています。現在はどんな時も通常の授業と同じことが出来るようICT利活用の環境を整備できているので、咄嗟のトラブルにも対応できる力が上がってきています。
具体例を上げると、出席停止等でご本人は元気でも学校に来られない時などにICT機器を活用してオンライン会議を接続。自宅の生徒はその会議に参加することで学校の同級生、先生とコミュニケーションを取りながら授業に参加ができています。
↑オンライン会議システムを活用した授業風景
先生・生徒問わず、学校全体としてICT利活用の機運があり、部活や委員会を筆頭に様々な場面でご活用いただいています。ICT支援員の業務範囲として、部活や委員会は含まれないことが多いですが、一般的には必要な会議や部活動の試合・練習の映像を記録する、資料や議事録等を作成する、コミュニケーションツールを活用することが多いです。
一口にどういった動きがICT利活用の推進に効果的だったかお伝えするのは難しいのですが、ICT利活用が進んでいる学校が先行事例として他自治体・学校に好影響を与えることがあるので、引き続きしっかりと支援させて頂きつつ、広い範囲に情報を共有できればと考えております。
デジタルわかる化研究所:ICT支援員は現代の教育現場における円滑な運営、さらに言えばより質の高い学校生活を創る上で欠かせない存在だと改めて感じました。
当研究所としても、デジタルデバイドを研究・解決する上ではシニアだけでなく、学生にも目を向けて引き続き研究活動を進めていきたいと思います。
今回は貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。
取材 デジタルわかる化研究所 鈴木康平 / 豊田哲也
取材実施日2023年5月24日
【内田洋行について】https://www.uchida.co.jp 内田洋行は、1980年代からPC導入など学校情報化に携わり、学校専門の保守サポートやヘルプデスク、教職員へのICT研修なども展開し、2004年には業界に先駆けて教育コンテンツ配信サービス「EduMall」を開始して、学校向けのサービスビジネスも展開しています。
教育研究では、1998年に内田洋行教育総合研究所を設置、2008年にはインテル社との1人1台PCの実証研究を行い、2010年には総務省の実証事業「フューチャースクール」や2011年からは文科省の「学びのイノベーション事業」に参画するなど、ICT環境の教育効果について調査分析も数多く受託しています。2020年からのGIGAスクール構想の整備においては、全国の自治体へ約133万台のPC端末の導入や、ICTシステム構築、クラウド接続等のネットワークの個別設計、ICT支援員のマネージドサービスなど、全国の学校現場で運用支援に豊富な実績をもちます。
【ウチダ人材開発センタについて】https://www.uhd.co.jp ウチダ人材開発センタは、小中学校へのICT支援員サービスを2004年から開始し、ICTを活用した授業の教材作成支援や、情報モラルなどの授業サポート、全国の学校現場へGIGAスクールサポーターの展開等を行っています。基礎的ITリテラシーから高度IT人材育成まで幅広くICT教育を提供し、IT資格で唯一の国家資格である「情報処理安全確保支援士」の資格更新研修、厚労省委託事業である「次世代AI教育プログラム」※、「就職氷河期世代の方向けの短期資格等習得コース事業」※ を実施するなど、技術レベルも幅広く対応しています。2021年に一般財団法人日本規格協会(JSA)に対して「学校におけるICT活用支援サービスに関する規格」の策定を起案しました。本規格は、ICT支援員の業務(ICT活用支援サービス)や用語定義と要件(知識・スキル、能力開発)、管理責任者(要件、業務)などについて規定しています。 ※一般社団法人コンピュータソフトウェア協会からの再委託