浜松市の挑戦に見る、デジタルを起点としたこれからの都市経営とは 後編
後編 すべての市民がデジタル技術を安心して活用できるようにするために
応募続々。抽選になっているスマートフォン講座。DX推進においては欠かせない浜松市のデジタル技術活用支援の取り組み。
その取り組みの一つに、2020年に行った第47回市民アンケートで、60代で30%、70代以上で60%がインターネット未利用であることがわかったことを出発点にして、市内で企画、実施されているスマホ教室があります。主に高齢者を対象として、スマホの使い方などをお伝えしていく機会。そんな盛況の、浜松市が開催するスマートフォン教室をレポートします。
取材・撮影
デジタルわかる化研究所 岸本暢之
株式会社分室西村代表 西村康朗
取材実施日:2022年6月17日
「ワンランクアップのスマホ講座」レポート
スマートフォンを持っていて、日頃から触る機会が多いものの「使いこなせていない」実感のある人が集まり、よりスマートフォンに親しんでいただくスマホ教室を定期的に開催している。
今回の講座(2022年6月17日開催:ワンランクアップのスマホ講座)も申し込み多数のため、抽選となり、定員15名での開催となった。
6月17日は、全3回講座の第2回目。「便利に活用」編。会場となった「クリエート浜松」の会議室には、当選された方々が自分のスマートフォン持参で参加した。「ワンランクアップ」の講座でもあり、参加者が第1回目の講座で「基礎知識」を学んだため、スマートフォン自体への恐怖はなく、操作開始に抵抗を感じている人はいなかった。
2時間で行われる、スマホ教室多数開催の経験から導かれたプログラム
購入したテキスト(500円)とスクリーンを見ながら、講座は進む。OSを限定しないため、iPhoneユーザーとandroidユーザーが半々。そのため、スクリーンでは常に、iPhoneとandroid端末が並んで表示される。
<主な内容>
・画面の拡大縮小
・ブラウザのアドレスバー操作
・検索結果の見方
・リンクからのページ遷移
・ポップアップ広告への対応
・タブの操作
・履歴管理
・ブックマーク
・地図アプリの使い方
2時間でこれを全て学ぶことができるのか。経験から導いたプログラムに興味がわく。レクチャー、実践、レクチャー、実践・・・が繰り返される。浜松市を拠点とする「アットりこパソコンスクール」からの派遣された小栗毅先生は、動き回り、一人一人に丁寧にサポートするが、一人では足りないため、会場の運営スタッフもサポートしていた。
全員にちょうどいい、ゆっくりした進行。それでも操作習得スピードには個人差も。
第2回目の当日は、「便利に活用」ということで、ブラウザを使った検索を身につけることに取り組む。OSの違いから、説明も長くなり、時間がかかるため、ゆっくりとした進行となるが、全員が操作できるスピードとしてはちょうどよく感じられる。どうしても、操作方法習得には個人差ができ、すぐ習得できた人が、周辺に教えながら進み、それが理解を深めていたが、周りに聞くことが苦手な人もおり、やや遅れ気味になっていく人も現れ始める。
いわゆるスクール形式の教室レイアウトであるため、助け合うシーンが少なく感じた。知ったこと、学んだことを他人に説明する行為が理解を深める機会として重要であるが、そこまでいくための時間はなかった場面がいくつかあった。小栗先生も教えながら回っていたが、うまく操作できていない人は「なにがどうわからないか」を説明できないことが多く、先生も問題の把握に時間がかかっていた。
「大丈夫、大丈夫」という言葉が多く出てくる。何かのはずみで何かに触れてしまい、思い通りに操作できなかった経験や、家族から「勝手に触るな」と何度も注意されたことの蓄積なのだろうか・・・デジタルに苦手意識がある人は、デバイスに触れること自体に恐怖を覚えることが少なくない。そのため、講師が話した通りになっていないと、触ることをやめてしまう。その恐怖心を取り除こうとする場面が多く見られた。
講師と受講者の数、そして講義の難易度の高さのバランス
全体を通じて感じるのは講師1名で15名の受講者は、かなり厳しい条件に思える。小栗先生は必死に全員に対応しながら進めていたが、スキルに差がでてしまうこと、スマートフォンのOSの違い、さらにはOSバージョンの違いですぐに対応できない場合もあった。特に今回は、「ワンランクアップ」の講座ということもあり、個人の習得スピードに差が出やすい状況であったことは否めない。
2時間はあっという間に終わり、全員が本当に操作できるようになったかの確認までは難しい状況であったが、受講された方は手応えがあったようで、全員がとても満足した表情で受講を終えた印象であった。もっとスマートフォンが好きになっていく貴重な機会であったと思えた。
動き回って丁寧に教える講師が思っていること
スマホ教室終了後、「アットりこパソコンスクール」小栗毅先生にお話を聞きました。
2001年パソコンスクールを設立し、講座を展開。浜松市から声がかかりスマートフォン講座ももう7年以上続けている。
―― とても大変そうに見えました。もっとも大変なことはなんですか。
いろんなバージョンが存在し、設定に時間がかかることでしょうか。受講される方のスキルの差以上に設定の差の方が厄介です。とても気を遣っているのは、最初の段階で「難しい」と思わせないことです。まずは「簡単そうだ」と思わせることです。
―― この仕事のどんなところにやりがいを感じますか。
講座を受けて、「怖がらずに使えるようになった」とか「こんなことができるようになった」という声を聞くとうれしいですね。特に今日のような機会は年齢が高くて、スマートフォンを持って間もない方多いのですが、そのぶん、成長を感じられる場面があって、「役に立てているかな」と思えます。
―― 今、とても必要な仕事だと思いますが、日本全体を見た時に講師の方の数が足りていないように思えます。
実際足りていないと思います。なんでもわかる人が少ないです。キャリアさんごとにそれぞれ教えているとは思いますが、自分の範疇外のことは教えてくれないことがあります。目の前の人はいろんなことを知りたいと思っているのですが。ただ、知りたい人もなんでも無料で教えてもらえると思っているので、講師は増えないですね。教えてもらえることに対する対価が払われる仕組みがないですね。例えば英語を学びたかったらお金を払って、学ぶわけですが、スマートフォンに関しては払おうという気持は少ないと思います。
―― 今までの経験で、「だいたいこのあたりで躓く」というポイントはありますか。
「設定」のところにいくと途端にわからなくなる人が多いです。ブラウザを使うとかは経験を積み重ねると自然と使いこなせるようになりますが、「設定」を変えるとか日常的にやらない場面になるといきなりわからなくなります。
―― 操作に対する恐怖の正体はなんでしょう。
お金を取られてしまうのではないかという恐怖でしょうか。なにかやる度にお金がかかるものだという思いが強いのではないかと思います。実際詐欺のような話も耳に入っているし。
―― よく自分の子や孫から教わっていると喧嘩になってしまうという話がありますが、良いアドバイスはありませんか。
親子は難しいですね。お互い甘えてしまうので。家族は甘えてしまいます。だから喧嘩になりやすいです。そういう方が相談にいらっしゃることがよくあります。家族は難しいです。
―― 受講される方はどんなことを求めて来ていますか。
一番は写真を撮って送りたいという話。そして、買い物、旅行の予約・・・ということでしょうか。具体的に「何を求めているか」がはっきりしていると学びやすいです。
―― 目的もなく、ただスマホを学べという話だとなかなか学べないですね。
今回は3回の講座ですが、一般的な教室、自治体の講座と比べると多いように思います。1回きりというのもよく見ます。1回だとお話を聞いて終わりになってしまいます。こんなことができるという話を聞いて終わってしまう印象です。身につかないのではないかと思います。浜松市は8回というのもあって充実していますね。やはり回数が多いと丁寧にできます。ただ、今日のように15名に向けてやるのは、ギリギリです。お手伝いしていただける方がいて助かりました。
―― 市に対して要望はありますか。
市のガイドラインがあるといいと思います。いろんな講師の方が、同じような内容で講座を進められ、標準化できるかと思います。そのためにも受講された方の声を吸い上げてほしいと思います。私たちは市の声も含めて、要望に応えたいのです。
市のデジタル技術活用支援に関わる職員の思い
スマホなどのデジタル技術の活用支援を所管している浜松市デジタル・スマートシティ推進事業本部(現「デジタル・スマートシティ推進課」)宮﨑信樹主任にもお話を聞きました。
スマートフォン講座をはじめ、デジタル推進のための活動に飛び回る毎日。
―― 今日は3回開催のうちの1回ということで、丁寧な講座になっている印象でした。
国からスマートフォン講座はこうあるべきという方針が来ているわけではないので、自分たちなりに考えて、求められていることをやっていくようにしています。ほとんどの自治体では1回か2回だと思いますが、個人的には、3回は必要だと思いますし、内容によっては8回というものもあります。各地区の生涯学習講座の担当者が地域の実情に合わせて企画して、それにあった講師の方をアサインしています。
―― 今日参加された人は、スマートフォンを持ち、一生懸命操作しようとしていました。それは比較的積極的な人たちだと思います。全く触ろうともしない人もいますよね。
スマートフォンを持っていない人は、キャリアのショップの方から学ぶことが多いのですが、それだけでいいのかとは思います。ただ、市として「スマートフォンを持ちなさい」と指導するようなことはできませんし、まずはニーズに応えていくことが重要だと思います。実際、スマートフォン講座はとても人気の高い講座です。今日の講座も抽選で当選した方だけで、参加したい人で溢れています。
本当はもっと参加者を増やしたいのですが、丁寧に教えることも大事であるため、今日のようにサポートしていただける方もいて受講される方が15名というのが限界だと思っています。小栗先生はかなり慣れているから、対応はできていますが、誰もが今日のような人数で運営できるかといえば難しいと思います。
―― 講師の方は大変ですが、予算づくりも苦労されていますよね。
市としては、スマートフォンだけでなく、料理や体操などいろんな講座をやっていますので、どうしてもひとつの講座にお金をたくさん支出することは難しいと思います。多くの人がいて、多くのニーズがあり、その中でやりくりします。最近では市内の中学生や高校にお手伝いいただくなど、工夫して進めています。ただ、スマートフォンの講師は誰にでもできるというものではないため、小栗先生のようにやりがいを感じていただいていることはとてもありがたいことです。
―― DXにおいて地道ですが、とても大切な取り組みだと思います。今後もさらなる発展を期待します。
ありがとうございます。やりがいを感じています。
実績を積み、進化を続けている講座ではあるが、現場の苦労は大変なものがある。かつて、スマートフォン拡販期に各社が教室を無料で展開した結果だろうか、スマートフォン講座は「無料があたりまえ」となっている。一方で行政や民間もスマートフォン標準携帯という施策が増えている。もはやインフラの一部となっている。そんな中で市民は、自治体が何かやってくれるのは当たり前という意識もあるはずだ。
浜松市の取組は、全国的に見ても、トップクラスの進み方である。「早くやらなくては」との気持はありながらも、「何から手をつけていいのかわからない」と思っている自治体も少なくないだろう。国から何か降ってくる。具体的な指示が出てから動く。という感覚であると、実施した頃には時代遅れになっているだろう。現状を分析し、次の一手を考えるフォアキャスティングではなく、どうあるべきかを思考し、バックキャスティングし動いていくことが重要である。
日本は高齢化している。世界のどの国よりも高齢化が進んでいる。だから、国自体が高齢化していいということではない。国が若くあることは、思考発想で可能なはずである。
取材
デジタルわかる化研究所 岸本暢之 西村康朗