<前編>親子で学ぶデジタルとの付き合い方 糸満市の親子プログラミング教室
まだ3月だというのに半袖を着ないと汗が吹き出す。そんなここ、沖縄県糸満市にある「沖縄デジ・ロボ・ラボ」では、糸満市主催児童・生徒向け「親子ロボットプログラミング教室」が開催された。普段見慣れない産業用ロボットを前にした児童・生徒はどんな反応をするのか?開催にあたった糸満市職員の方々の思いとは?初めてづくしのプログラミング教室開催に至る背景と今後の展望を取材した。
はじめてのプログラミング教室
会場には小学5年生とその保護者の4組8名が訪れ、教室は2時間にわたって開催された。初めの20分で動画による産業用ロボットの説明と、実際にロボットが活躍している様子が紹介された。だが、子供たちの関心は目の前の動画よりも、彼らの背後に置かれている産業用ロボットたちだろう。
教室内には実際に製造工場で使用されている産業用ロボットの練習機と、そのロボットを使って攻略する立体迷路の課題が用意されている。タブレットを用いた操作でロボットに動きを指示していく。プログラミングという名前を冠してはいるが、いわゆるソースコードを入力するプログラミングではなく、ロボットのアームを実際に動かして動作を記録させるダイレクトティーチングの手法が用いられた。これによってロボットの動作を直感的・立体的に理解し、指示出しすることができる。
初めは慣れない環境からか、おとなしげな子供たちだったが、実際にロボットを動かして最初の立体迷路をクリアしたころから目の色が変わった。次第に難易度の高いルートに熱心に挑戦し、淡々とクリアしていく。終始静かな教室ではあったが、教室開始時と終盤ではその理由が大きく変わっていた。とうとう子供たちは30分を残して用意された迷路全てをクリアした。クリア後も子供たちはより成功確率の高いクリア手法を模索したり、新しいクリア方法を試行したりと、ロボットとの交流を存分に楽しんでいる様子だった。
初めてづくしの親子プログラミング教室に込めた想い
今回親子プログラミング教室の主催者である糸満市の大城生涯学習課長(取材当時)と伊敷情報政策課長(取材当時)にお話を伺った。
-まず開催の背景を教えてください。
伊敷課長:元々糸満市内の中学校でロボットを使った大会に挑戦していたり、市議会からの要望もありました。私もプログラミング教室をやってみたい思いもあったので教育委員会さんと一緒になって、進めていました。その中で経済部の職員から「沖縄デジ・ロボ・ラボ」の話を聞き、見学したのが最初のきっかけですね。沖縄デジ・ロボ・ラボの立花所長と話しているうちに、もしかしたらこの方々だったら産業用ロボットを使ってプログラミング教室を実現できるかもしれないと思ったのでお願いしました。快く引き受けてくれたのでまずやってみようということで開催に至りました。
-なるほど、本当に市役所内でタッグを組んで実現したのですね。初めて生涯学習課の方にお話が来たときはどう思われましたか?
大城課長:私はIT に全然詳しくないものですから、まず実際に現場を見に行きました。そこで見学する中で体験教室ができたらなという思いが生まれました。今回のロボット教室以外にもう一つ、「Scratch」というプログラミングの講座も2月に開催していて、伊敷課長主導で企画を、教育委員会の方で参加者を集めて開いたという形です。
生涯学習は幅広い分野です。勉強や体験のきっかけ作りを「市民講座」として企画しています。ただ、プログラミングにはあまり取り組んできませんでした。生涯学習支援センターという施設で、「夏休みの親子体験プログラム」や「高齢者のスマホ講座」などはやっていたのですが、今回のように本格的なものはこれまで取り組んできませんでした。議会からも要望もあったことですし、企画部とコラボして始めました。ITは今後どんな企業でも必要になってくる技能かと思います。初めての取り組みですけども、今回の教室を通じて子供たちがITに興味を持つきっかけになればと考えています。
-最近だと GIGA スクール構想の話題が出てきていており、教育の現場とITはますますコラボしていくのではと個人的に思っております。そういったITと教育のコラボは増えていくと思いますか?
大城課長:そう思います。ただ、先生方が IT を教えられるかというとまた別の話だと思っています。そのため、様々な企業の皆様、関係者と協力していかないと、 特にIT分野は進まないのかなと思っています。今回は本当にたくさんの方々の全面的な協力を得て、こんな素晴らしい講座を実現できて感謝しているところでございます。
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今日の教室を振り返って
-改めて今日の2時間の教室を受けて、どんな印象を受けましたか?
伊敷課長:普通のソフトウェアのプログラミングと違って、今回は実際の産業用ロボットを使ったプログラムです。ソフトウェアの方は平面的なイメージが多のですが、実際に産業用ロボットを使うことで、平面的なイメージのものを実際に立体的に見られる。自分で考えた結果が見られるというのはとてもいいことかなと思っています。
大城課長:子供たちの様子を見て、最初は5年生にはちょっと難しいのかなと正直思っていたのです。けれども、どんどんどんどん課題を進めていって、操作も自分たちでできるようになっていっていました。子供たちの飲み込みの速さを感じたのが第一印象ですね。
あとはなかなか教育の場で見るものではないロボットを、現物で見て、自分で触って動かすことはとてもいい経験ではないかと思います。立花所長からも(教室の冒頭に)お話がありましたが、ロボットは言われたことしかやらない。やってみたら確かにその通りにしか動かないので失敗もいっぱいあったと思います。ただ、この経験も本当にいい勉強になったのではないかと思います。
子供たちが社会に出る頃には ITは切っても切れない社会になっていくと思うので、今のうちに経験してもらえたら本当に嬉しいなと思います。次、糸満市からどんなものが IT でできるようになるかはわかりませんけれども、ITに興味を持って、その道に進んで行こうとする子供たちが増えていけば嬉しいなと感じています。
-確かにそうですね。普段からスマホを使い慣れているためタブレットの操作もスムーズにできていた部分もあったとは思いますが、それにプラスして平面ではない目で見てわかるというのは子供たちとっては楽しめるいい要素だと思いました。
伊敷課長:今回の場合、トライアンドエラーしやすいですよね。
-今回の教室を受けて、今後こういった教室ができたらいいなと思うものがあれば、教えてください。
伊敷課長:今日の様子を見て自分がイメージしたのは、産業用ロボットを使ってさらにステップアップしたプログラミングをしていくことです。まずローコードのプログラミング、そして中学高校でロボットアイデアコンテスト甲子園といった具合です。こういった分野への参加のきっかけ作りになればいいなと思います。あとは実際に市内で産業ロボットを使っている工場を見学させていただいて、現場の経験を本人たちが振り返って生かせるような体験学習もできたらいいなと思っています。
大城課長:コロナが落ち着いたら企業さんの現場見学ができると考えています。個人的には3Dプリンターで子供たちが何かを作ることができればと思います。実際プログラムして何か物が作れたら子供たちが喜ぶのかなと思いました。たとえば自分の家の図面を元にミニチュア作りなどいいですね。やっぱり子供たちに、実際にものづくりの過程を経験してもらう。ものを作る人たちがいないと今の生活は成り立たないということを、子供たちには経験して欲しいなと思っています。
伊敷課長:
以前、担当として子供たちと一緒に5泊6日で無人島で過ごすというプログラムがありました。そのときは最初に竹で割り箸を作ってもらっていました。自分で箸を作らないとご飯も食べられない。そういった経験を今度は3Dプリンターで体験してもらってもいいですよね。
-自分でものを作る経験もきっと子供たちの将来に生きていきますでしょうし、普段の生活では知りえないエッセンシャルワーカーさんがいると知るだけでも、見える世界が一気に広がりそうですね。また純粋に地域愛も芽生えそうですよね。「糸満市はこんなにすごいんだ」と。
教室を「親子」で受けてもらうことの大切さ
-ここで沖縄デジ・ロボ・ラボの立花所長が合流してくださいました。立花所長への取材詳細は後編にてー
伊敷課長:市という目線でいうと、今回の教室は「親子で」という点にこだわっているんです。
先ほどお話したScratchも親子で必ず参加するようにお願いしています。やっぱり子供だけでなく親も社会が変わっていくことを知っていて頂きたいと考えています。実際Scratch教室では保護者の方々向けに、「世の中こう変わっていくんですよ」という話を20分かけて説明しています。今回の場合は(教室内で)ロボットアイデアコンテストの様子を親子一緒に見ていただいたり、それは大切なことではないかと思います。
大城課長:子供がせっかく体験してITや地域の産業に興味を持って、「こういうところに 進みたい」と言っても、親が駄目と言ったら子供はその道に進めなくなってしまいます。親子ともに学校でこれからの社会を体験することができれば、親も「これって必要なことなのだ」と思って頂ける。子供の進路選択がうまくいくのではないかと思います。
立花所長:そういった家族の理解、家庭ごとのデジタルデバイドは存在していますよね。進んでいる家庭はどんどん新しいものを受け入れていき、そうでない家庭との差が生まれているのを感じています。
たとえばAlexaがいい例です。家に帰った瞬間にスピーカーに話しかけて電気なりエアコンなりを全てつけてもらう。といった形の使い方です。
伊敷課長:便利だとわかってはいるけどまだ使っていないですね。今はまだ子供たちに電気つけて、窓開けてとお願いしていますね。一度Alexaがない状態を経験しないと便利さに気付けないですから。
立花所長:実際全くAlexaを使わないお家もいらっしゃって、そうすると社会人になったときにギャップが出るかもしれません。社会に出た時に使うことが当たり前になってしまっていると理解する時間が必要になってしまうので。まさに昭和の時代に九州の片田舎から東京に行った人が、東京でえらい目に遭ったという現象と同じことが、今度は育った環境のデジタルデバイドによって生み出されてしまう。そんな現状があります。
おわりに
デジタルデバイドをはじめとした格差対策を考える時、真っ先に思い浮かぶのは「教室」だろう。技を教える。知識を与える。実物を見る。これらを経験してもらうことでデジタルリテラシーの差分を縮める。ただ、得た経験を教室の外でどう活かすかについてはこれまであまり言及されていないように思う。ましてやアップデートの早いデジタル分野だ。昨日までのバージョンにしか対応できないようでは、すぐに教室に行く前のデジタルリテラシーに差がある状態に逆戻りしてしまう。
今回の取材を通して、この逆戻り現象への解決策の一つに出会えたと感じた。視野を広げる経験と経験を活かす土壌を一緒に創造する。今回の場合はそれが「親子一緒の参加」という形で実現されていた。あるいは視野を広げられる「民」とそれを視野を広げるべき人に届けられる「官」のコラボの形と表現できるかもしれない。
デジタルは関心のある人・モノ同士をつなぐ力であると同時に、興味の範囲内に囲い込む断絶の力でもある。興味の外にあるために「知らない」ことはますます格差を広めていくことになるだろう。この淀んだ流れを食い止めるべく、市職員方が興味を持ってもらおうと奮闘する様子を、取材を通じて垣間見ることができた。糸満市の暑さに負けない、市職員方の熱を感じた。
取材・撮影
デジタルわかる化研究所 清水出帆
取材実施日2023年3月25日